アンナ・マクダレーナ・バッハの日記
ジャン=マリー・ストローブ&ダニエル・ユイレ監督
1967年、西ドイツ・イタリア合作映画。
バッハの二番目の妻であるアンナの遺した日記を元に、バッハの作品と生活を描いた映画。
京都造形芸術大学でこの映画の上映会があるというので観に行った。もちろん無料だし、私のように生徒ではない、一般の人も観れるというのに、観客は6~7人であった。ついでの仕事があったからとは言え、私はわざわざ大阪から足を運んだというのに、価値観は実に当てにならない。
しかしとにかく映画は良かった。かなり愉しんだ。感動した。なので、映画について書く。
監督であるストローブ&ユイレは夫婦である。1954年、二人はこの作品を着想し、アンナの日記を手掛かりに脚本を書く。最初、二人は敬愛するロベール・ブレッソンに監督を依頼するが、『この主題がそれほど大事なら、ひとつ自分たちで撮ってごらんなさい。』と断られる。
バッハを演じるのは、なんと、音楽家グスタフ・レオンハルト。今となっては有名な音楽家だが、当時はあまり知られてなかった。しかし、ストローブはレオンハルトのレコードを聴き、『バッハ役はこの人しかいない!』と、顔も知らないレオンハルトに依頼し、承諾を得る。なので、顔は全く似てない。レオンハルト、男前。
主演も決まり、ロケハンも終えたが、二人は資金調達に苦心する。まだ無名な監督だったため、助成金は何度も却下された。しかし、その間に制作した短編映画2作目の『和解せず』が評価されて、1967年ようやく助成金が認可され、完成する。着想から13年。ゴダールも援助したらしい。
この映画は当時の風景や音楽をできるだけ再現するという意志で制作された。なので、役者は当時のカツラと衣装を着せられ、使用楽器も可能な限りの古楽器を調達した。
そしてこの映画の素晴らしい所!
作中で全26曲!?のバッハ作品が使われるのだが、その全てがリアルタイム同時録音。つまり、レオンハルトをはじめ、役者のほどんどは古楽器演奏家であり、映像と一緒に編集なしで録音された演奏である。
そのため基本、長回し。曲が始まると一楽章まるまる聴けたりする。全113カット。これは一般的なヨーロッパ映画の約4分の1程度のカット数と言われている。
...が、そんなカット数などおまけ話で、とにかく長回しによる演奏家たちのライブ映像がたくさん観れるという、一種のライブDVDとして考えてもバッハ好きには堪らない作品である。
映画の冒頭、さっそくレオンハルトの超絶チェンバロソロから始まる。カツラがおかしい、いかん!笑いそうになる。...が、すぐに演奏へ意識を持っていかせてくれる。一発録音のおかげである。その指使いと音楽、そこにズレがないという、一見当たり前のことが実は難しいのだと、そしてそのシンプルに勝てる演出などないのだと、思い知る。
『ああ、いい映画だ~』始まって、30秒。
とそこへ弦が加わり四重奏に。カメラがすっと引いて行き、曲が盛り上がり、バッハ特有の潔いフレーズで楽章を締めくくる。と同時にアンナ・マクダレーナのナレーションがバンッ!!
最高だ。たぶん私はこの最初の3分だけを繰り返し20回くらいなら、観たいと思えるだろう。
あとはとにかく全編、音楽を中心にブレない。「ブランデンブルク協奏曲」「パルティータ」「ヴィオラ・ダ ・ガンバとチェンバロのためのソナタ」など、数々の大作から小曲までを織り込んで、映画は進む。
あとこれだけは言っておく。後半になってもレオンハルトのカツラ姿に慣れることはない。しかし、それでも感動できるのだよ。
クラシックだの宗教だの時代だの飛び越えて、ただただバッハという人間の音楽を愉しめば、それでいい。
それができる映画だ。
2009.09.29